| 3.我が国の高コスト体質と選択肢の少なさについて |
| 日本だと、飲めない水と区別がつかないと万一のときはどうするかなどの議論が出て、責任を問われないようにと常にコストの高い商品に全てシフトしてしまう傾向がある。やはり、これからは消費者の意識を変えていかないと、いつまでたっても高コスト体質はなおらず、高い給与の国なのに真の豊かさを感じないという不幸な国民になってしまう。 コンサートも同じことで、米国では学生でも後部席や立ち見の席ならば安いチケットを入手できるという選択巾が多いことが文化政策の一つになっている。これからは生協が音頭をとって選択肢の広い社会の実現を目指してはどうであろうか。シビルミニマムとかユニバーサルサービスが本当の平等社会であるとする米国との意識差は、一朝一夕には縮めることは出来ないであろうが。 (ドイツの例) 選択肢の広さについてもう一つ例を揚げる。 ドイツでは重量物を運搬するとき、または急がない場合は船をよく使い、未だに新しい運河の建設を行っている。 | ![]() |
| 日本もようやく一昨年の河川法の改正により船による運搬の大切さを認めたが、これは阪神大震災に船が役立ったからであって、根本的運送体制の見直しにはつながっていない。我が国は鉄道と自動車の普及の際、川や運河での運搬を無視してきたツケが今まわってきたわけで、何でもかんでも陸上輸送に頼ったため、道路は混み、トラックの排ガスが町に満ちあふれることとなった。これを是正するためには、やはり、国民のエネルギーに対する意識の向上と重量物の運搬船使用の優遇措置等が必要になろう。これからは輸送は速さだけではなく、エネルギーや環境コストを加味した選択肢の広い運輸行政が大切になると思われる。生協でも「この荷物は公害やエネルギーコストの少ない船で運搬してきたものです」というPRをして、消費者意識を高めるキャンペーンをはってもよいのではなかろうか。 |
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